児童書のレビュー・考察ブログ

主に海外の小学生・中学生向け児童書の感想、考察をしています。

ともしびをかかげて ネタばれなし感想

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ローズマリ・サトクリフ 作  

猪熊葉子 訳     

岩波書店

1959年 カーネギー賞受賞 f:id:g-mccaghrean:20200110192430j:plain

面白さ ★★★★★ 満点f:id:g-mccaghrean:20200110192509j:plain

メッセージ性★★★★★ 満点f:id:g-mccaghrean:20200110192509j:plain

読み応え ★★★★★ 満点f:id:g-mccaghrean:20200110192509j:plain

 内容 若い軍人アクイラが、いよいよ衰退したローマが四百五十年もの歴史に終止符をうち軍団をブリテンから撤収する時、軍団に加わってローマに中世を尽くすか、自分の家族のいるブリテンにとどまるかその選択に苦しんだあげくついに脱走し、その後蛮族に父を殺され、妹をさらわれるなど、苦難の数々を経験する物語。

 

しかし、アクイラは、じぶんの愛するこの家庭のしずけさは表面だけのことで、その下ではブリテンを守るための戦いがおこなわれていることを知った。そしてじぶんの家庭には、サクソンの海賊の略奪よりも、もっとほかの危険が迫っていることも知ったのだった。

突然アクイラには、いま過ぎ去ろうとしているこの瞬間が、ふたたびめぐってこない花のさかりにでもたとえられるように思われた。「ここにもう一万晩座ったとしても、今夜とおなじ夜はもうめぐってくることはないのだ」そしてアクイラは無意識のうちに、すぼめた手の中にその夜を包み込もうとでもいうようなしぐさをした。まるでもうしばらくの間、手の中にその貴重な夜を安全にしまっておこうとでも言うように。」   本文より

 

感想  読み終えた直後の感想は「すごい物語を読んでしまった (゚Д゚) 」でした 

この重厚感、ドラマ性の高さ、文章の美しさを言葉で伝えようとしても、私の稚拙な表現力では追いつきませんf:id:g-mccaghrean:20200110192509j:plain

物語は主に主人公アクイラの一人称で進むのですが、その内面のドラマの深いこと!人の心の機微がすごく繊細に書かれています。

 

 序盤で主人公アクイラがお父さんのフラビアンに、ローマの将軍に援軍を頼んだ、と告げられショックを受けるシーンや(ここの文章がとても詩的で素敵。上記の引用部分ね↑)すべての始まりである、ともしびの夜のシーンがどうにも切なくて切なくて、すでに引き込まれまくってました(ノДT)アクイラ…つらかったね。

その後の父、フラビアンに言う「わたしはワシの群れを捨てたのです。」のシーンのカッコよさ(不謹慎?)に、無性にシビれて、「この本絶対面白い!」と確信し、ここからもう、最後までアクイラと喜怒哀楽を共にしていました。

おもしろかったー(゚∀゚)長いけど、ダレることなく読めます。

重要人物の登場シーンはドラマ性が濃く、印象に残るものになっていて、そこもいいです。

本作の歴史小説としての質は一級品だと思われます。満場一致のカーネギー賞可決も納得。

多くの方がレビューでいっていることですが、児童書にして、読者を限定してしまうのはもったいない完成度ですねf:id:g-mccaghrean:20200131204925j:plain

たった一つの欠点として、人との出会いなどが特に、都合のいい偶然が起こりすぎというか、ご都合主義的な気もしますが、読んでいくうちにそんなことは忘れてしまうくらい物語にのめりこんでしまうので、そんなことはどうでもいいです!

ドラマティックな本格歴史小説が好きな方におすすめです!

 

ともしびをかかげて〈上〉 (岩波少年文庫)

ともしびをかかげて〈上〉 (岩波少年文庫)

 

 

登場人物が多くて苦労したので人物紹介を載せておきますね。なるべく登場順になるよう書いてます。

 

ボーディガン ブリテンの族長。コンスタンチヌスの妹と結婚。通称赤ギツネ。

ボーティマ― ハヤブサの飼い主。ボーディガンの長男。

カティガン ボーディガンの次男。

パセント ボーディガンの三男

 

アクイラ 主人公

フラビア アクイラの妹。16歳。

フラビアン アクイラの父。

マルガリータ アクイラの一家の飼い犬。

デミトリウス アクイラの一家に使えている男

グイナ アクイラの一家の家政婦

ダイナス アーフォン山脈のブリテン軍の統率者

クノ 村の年寄り

 

コンスタンチヌス ブリテンを統治したブリテン人。ボーディガンに暗殺されたという噂。

ウタ コンスタンチヌスの息子 。死んだ

アンブロシウス コンスタンチヌスの息子で生き残る

アエティウス将軍 ローマの執政官。フラビアンが援軍を頼んだ。

鳥さし フラビアンが使っていた使者

 

フェリックス アクイラの友達。

グイトリヌス アカギツネの親類

ニンニアス 修道士

ユージニアス コンスタンチヌスとアンブロシウスの侍医。

 

ブリーハン ブリテン軍のイヤミな若い男。

バラリウス 頬のたるんだブリテン軍の男

アルトス 本名はアルトリウス。戦うために生まれてきたような少年。ウタの息子。

 

クラドック 南方のブリテンの族長

リアニス クラドックの姉娘。

ネス クラドックの妹娘

 

 

  • サクソン人

ヘンゲスト サクソン人

オクタ ヘンゲストの息子

ロウィナ ヘンゲストの娘

ウィアモンド 侵略に来たサクソン人

ウィアギリス ウィアモンドの兄。族長。

 

  • 地名

ルトピエ アクイラの軍の駐屯地

ウラスフィヨルド アクイラの捕らわれた場所

 

  • 民族紛争の様子

サクソン軍はピクト族(現ケルト人)を抑えている。さらにサクソン人はボーディガンによってローマの地方軍に抑えられている。

 

ここからネタバレ感想です。

 

 

 

 

 

作中の隠喩の解釈を述べていきますね(解釈は私個人のものです)。

ネタバレのため反転

①中盤でアクイラがニンニアス修道僧に奴隷の首輪をはずしてもらうシーン。

ここはわかりやすく、すごく象徴的ですね。

アクイラはニンニアスによって奴隷という立場だけでなく、アクイラが捕らわれていた「怒り」や「虚無感」などあらゆるものから「解放」されたのでしょう。

ニンニアスさんは、いい人オーラ出まくりで、物語中、唯一の癒し系的存在なので彼が出てくるとホッとしましたね(´▽`) ホッ。

 

②本作の重要なキーである「ともしび」というのは随所に登場するのですが、それがまたさまざまなものを象徴していて、多様な解釈ができます。

ある時は「希望」であったり、時には「寂しさ」や「不安」、などを表していると感じることもありました。

闇に瞬くともしびという図が美しいf:id:g-mccaghrean:20200131205054p:plain

後半で、アンブロシウスという重要な人物が出てきました。

アクイラがアンブロシウスの傘下に入り、若ギツネ3兄弟が仲間入りした直後の宴会の場面で、火が皆の顔を照らし出すところなんかは、何気に重要なシーンだな、と。

アンブロシウスのもたらす「希望」や「野望」を皆が分かち合っていることが火で表現されいて、とても印象に残りました。

このアンブロシウスはアーサー王伝説のモデルになった人かもしれない、とサトクリフは考察しています。

 

③このアンブロシウスがクラドックの家でアクイラに長々と語るシーンでずっとリンゴを持っているのですが、なぜわざわざリンゴを持っているのでしょう(・_・?)

意味深に思えて気になったので、ネットでリンゴの象徴するものを調べてみました。

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以下はサイト「たまねぎ地獄」の「リンゴ」の頁 http://fujik5963.la.coocan.jp/labo/apple.htm を参考にさせていただきました。

 

それによると「(リンゴは)横に割ると『聖なる五角形』が表れることから、知の秘密、もしくは神の言葉をつかさどると言われています。ブルトン人(ブルターニュ地方に住むケルト系の人々)の予言の序文では、必ずリンゴを食べることになっておりますし、アーサー王伝説に出てくる魔術師マーリンも、予言をする時はリンゴの木の下に立ちました。」

 

これは興味深いけど、このシーンとは合わない気がします。

さらに読むと「(リンゴは)のちにアングロ・サクソン人の移動に従って、イギリスや北欧にも伝えられます。」

とありました。

おお!ドンピシャ。

じゃあこの場面のリンゴはサクソン人の象徴?このシーンは、やがてブリテンにサクソン人台頭の時代が来ることを、暗示しているのでしょうか。

しかし、よく読むとアンブロシウスの持っていたリンゴは「金色」と書かれているんですよね。

現実には金色のリンゴなんてものはないわけで。わざわざリンゴを「金色」と表現することで作者は何かしらの意味を含めているように思えます。

そこで探してみると、こんな叙述が!

「黄色いリンゴの実は『黄金のリンゴ』と呼ばれ、神のものとも悪魔のものとも言われる『硫黄』の色と関連づけられて、しばしば運命の象徴となりました。」

(∩・∀・)∩オォ!まさに!私はこの答えが一番しっくりきます。

 

アンブロシウスの手の中にある「運命」。

それは、アンブロシウスの「仲間たち」と全ブリテン人はもちろん、サクソン人やピクト族などの異民族の運命を表現しているのではないでしょうかf:id:g-mccaghrean:20200110192549p:plain

アンブロシウスがそのリンゴを手に持つ、ということは彼らの運命はアンブロシウスの手に委ねられている?

壮大な比喩ですね。

 

こんな風に一つ一つのシーンを意味づけしたくなるくらい、本作は奥深くてよく出来た作品ですf:id:g-mccaghrean:20200131205939p:plain

長くて重い作品だけど読んでよかった。

シリーズの一作目「太陽の戦士」も早く読まないと。