サム兄さんは死んだ ネタばれなし感想
ジェイムズ・リンカン・コリアー&クリストファー・コリアー作 青木信義 訳
ぬぷん児童図書出版
1975年 ニューベリー賞オナー賞受賞
面白さ ★★★★★ 満点
メッセージ性 ★★★★★ 満点
読みやすさ ★★★★★ 満点
内容 アメリカ独立戦争でミーカ一家は渦中に入ってしまった。エール大学生の兄は参戦派、父は戦争反対派であった。間に立つティムの心は大きく揺れる。そしてただ悲しみだけが残っていた。戦争のむなしさを告発する物語。
「反逆はいかん。うちでは裏切りは許さんぞ。わしらはイギリス人だし、王様の家来なんだ。そんな反逆なんか気ちがいのたわごとだ。」
「父さん、僕はイギリス人なんかじゃない。アメリカ人だ。祖国の自由のために戦うんだ。」
本文より
感想 題名で示されているように、重くて、まじめでストイックな内容ながら、面白さや、物語としての盛り上がりもちゃんとあるという優れた作品です。
戦争が、独立派、国王派のみならず、普通に暮らしていたいだけの人たちを飲み込んでいく残酷さがリアルに描かれていました。
お父さんは断固とした国王派ではなく、ただ日々の暮らしに精いっぱいで、平和を望んでいるのだということは読んでいれば、すぐ見当がつきます。けれど、戦争というものは、中立の人々にそれを許さず、否応なく巻き込んでいきますね。
作者が、独立派、国王派のどちらかに寄ることなく、歴史家としての知識を総動員して戦時下の現実を書いているのが素晴らしいです。
惜しむらくは挿絵の拙さ。シリアスでリアルな内容なのに、挿絵がよくないです。
もっと写実的な絵にしていれば、より本書の完成度の高さが感じられたのに。
そして、児童書としてはちょっと不親切な点がいろいろ。
表紙でサムの顔が影になっていて、暗いというか怖いというか…。
題名からして、重くて暗い話だと宣言してるのだから、表紙まで暗いと、子供からしたら読む気が起きないのでは?
せっかく本書は、暗いだけでなく、男の子の好きそうなスリルや冒険もあるのだから、重さの部分だけを強調した表紙がちょっと残念です。
そして、本書は小学校高学年あたりからを対象にしていると思われますが、日本の小学生は大部分、アメリカ独立戦争の知識なんてほとんどないと思われます。
なので、前書きにでも簡単に当時のアメリカを取り巻く状況などを書いてくれればいいのに、いきなり物語が始まります。小学生の頃の私だったら、読みはじめ1ページで「わかんない」と投げ出してます。
当時のことをよく知らないという方は、290ページの「この物語と独立戦争について」で、独立戦争についてや、冒頭にお父さんが話しているボストン茶会事件について、お父さんが参戦した戦争についての解説がありますので、本編を読む前に読むのをお勧めします。その前後の解説では本編のネタバレをしているので、目に入らないよう気をつけてください。
読んでいただきありがとうございました!
※余談ですが、作中にティムがビールやワインを飲むシーンがありますが、昔は水が悪くなりやすかったので、アルコールで水分補給をしていたのですよね。
- 作者: ジェームズ・リンカン・コリアー,クリストファー・コリアー,横溝英一,青木信義
- 出版社/メーカー: ぬぷん児童図書出版
- 発売日: 1978/10/30
- メディア: 単行本
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以下若干ネタバレかも。
「自由を勝ち取るためには戦うしかないのか」という問いの難しさは本書のテーマでもありますが、私も答えが出せず、読んだ後に考え込んでしまいました。サムの思いは、「世の中の不条理に抗いたい」という、いわば若者の素直な在り方で、これ自体は決して悪いものではないと思います。
しかし、はじめは信念に燃えていた者たちも、戦いの中で追い詰められてゆく中で本来の目的を見失い泥棒を働き、罪なき人々を捕らえ、敵味方の区別なく暴力の中に巻き込んでいきます。
祖国に自由をもたらせる、と信じて参戦したのに、家族全員に反対され、ティムに「兄さんは間違っている、戦争の刺激が気に入って、自分は何か大事な仕事を担っているという気持ちでいたいだけなんだ」と思われてしまうサムが不憫です。
独立戦争前にイギリスがあらゆる手を使ってアメリカの締め付けをし、お金を搾り取ろうとしていたことを考えると、アメリカ側もかなり追い詰められていたと思えて、安易に「戦争反対」というのもはばかられます。
ティムが、50年経っても答えを出せないのも、この問題の難しさを訴えていますね。